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粉引の器について


 粉引(こひき)は美濃焼を代表する焼き物の一つです。

 藤山が開窯以来、50年近く作り続けている器です。

 

 人々を魅了して止まない粉引について、その起源から楽しみ方までをご紹介いたします。

1.粉引とは

 定義は人によって別れますが、素地である粘土に白化粧を全面に施し、その上に透明釉をかけた焼き物のことです。もしくはその装飾技法のことを言います。

 

 日本では古来より、干し柿やカビなど表面に白い粉状のものが現れた状態を「粉を吹いた」、「粉を引いた」と表現していたのが語源だと考えられています。゛こびき”とも呼ばれます。

藤山の3種類の粉引

白化粧をを施す前(左)と後(右)


白化粧を施した切立マグカップ   

2.ルーツは

 

 日本の粉引は韓国から伝来したと言われています。李氏朝鮮時代の1460年代に、青磁から白磁への過渡期に現れました。原点は、象嵌(釘で模様を彫ったり、スタンプなどを押した素地に化粧土を埋め込む)と呼ばれる装飾技法です。これが刷毛目(刷毛を使って化粧土を塗る技法)へ発展し、最終的には粉引へと変化して来ました。白磁が貴重であった時代に、白い器への憧憬から作られたと考えられています。この粉引(粉粧灰青沙器とも言われます)が、16世紀以降に日本へ輸入されました。

 

象嵌(ぞうがん)

刷毛目(はけめ)


3.粉引の仲間

 粉引の源流である象嵌や刷毛目は、当然仲間になります。象嵌は、静岡県三島市にある三嶋神社の暦に酷似していたことから、日本では「三島」とも呼ばれました。藤山の三島には、象嵌と刷毛目の両技法が使われております。

 

 以下、藤山製品についてです。塗分は、部分的に白化粧を施した焼き物であり粉引の一種になります。彫り模様は、搔き落としと言われる装飾技法(化粧がけの後、化粧土の一部を剥がして模様を作る)で作られており、仲間になります。土黄金は、白化粧ではなく黄化粧を施していますが、後は粉引と同じ作り方です。

三島(みしま)

(象嵌と刷毛目の技法が使われております。中心の模様を三島と言います)

粉引の仲間たちです

奥左)塗分  奥右)彫り模様

前左)土黄金  前右)三島


4.欠けやすいと言われる理由

一般的な施釉陶器とは、粘土に釉薬を施して焼いたものを指します。粘土(1層目)+釉薬(2層目)の2層構造になっています。これに対して粉引は、粘土(1層目)+化粧土(2層目)+釉薬(3層目)の3層構造になっています。粘土と化粧土を素焼き(700℃)で軽く熔着させてから、釉薬を施し、本焼き(1250℃)で3層を強固に熔着させているイメージです。しかし、粘土と化粧土は、完全には熔着しておりません。何故ならば元々成分組成が異なり、言わば異質な土を強引に接着させているからです。そのために、化粧土は粘土から剝がれやすく、これが粉引は欠けやすいと言われる理由です。粉引の場合、特にこの化粧土が剥がれる症状のことを「チップする」と陶磁器業界では言っております。近年は技術が進歩し、チップのしにくい粉引が開発されて来ております。また、お客様への配慮から、あえて器の縁の化粧土を剥がして、チップのしない器を製品化している窯元さんも少なくありません。これは余談ですが、マグカップの本体に取っ手をつける場合など、同じ粘土同士では強固に熔着するためにとれにくいのです(下写真)。

一般的な陶器と粉引の違い

粉引の3層構造


最左が粘土を素焼き(700℃)した状態です(1層目)

右へ順番に化粧土(2層目)、釉薬(3層目)を施釉します

最右が1250℃で焼成した完成品です

 

・粉引のチップ

チップした粉引

チップした塗分


縁の化粧土を剝がして作られた、チップのしにくい粉引

同じ粘土同士では強固に熔着します(本体と取っ手の場合)


5.汚れやすいと言われる理由

 

粉引の粘土、化粧土、釉薬は本焼きによってガラス化して熔着していますが、その3層構造の内部には多くの隙間(空気の層)が存在しています。そして、「器のお手入れ」に記述しましたように、陶器には吸水性があります。貫入やピンホールから水分を吸収し、隙間を通って化粧土や粘土の層まで浸透します。こうした性質があるために、唐突に色もの料理などを盛りつけてしまうと、特に2層目の白い化粧土部分に浸み込んだ汚れが目立つということです。一度入り込んだ汚れは、漂白剤につけても落ちないと言われております。

貫入から入り込んだ汚れです

2層目の白化粧に浸みた汚れが目立ちます

6.綺麗に長く使うためには

 

製造元によって主張は様々ですが、藤山では以下の4つが肝要だと考えております。

チップに注意する

使用前に水に浸す

色もの、油ものへの使用を控える(新しいうちは)

使用後は、なるべく早く洗って乾かす

 

欠けやすい(チップする)性質のため、他の食器以上に配慮し、洗い物や食器を重ねる際は周囲にぶつけたりしないよう丁寧に扱います。

そして、汚れの吸収を未然に防ぐことです。器が汚れを吸収するより先に、水を吸収させておくという理屈です。これは粉引に限らず、陶器全般について言える対処法です(器のお手入れもご参照ください)。ご面倒ですが使用の都度、水に浸してから(5分程度で充分だと思います)使うことで、急激な汚れの吸収を防ぐことができます。ただし、完全には防ぐことはできないのでご了承ください。汚れの付着を鈍化するという意味です。そして新しいうちは、色もの、油もの料理への使用を控えるのがいいと思います。何十回と水を含ませて使用していると、陶器も目詰まりする(?)ために吸水力が低下します。そういう状態に達すれば、汚れも吸収しにくくなり、色もの料理に使用しても気にならないかと思います。それまでは水への浸漬を繰り返して使うことをお奨めしております。また、使用後は汚れの過剰な吸収を防ぐために、中性洗剤でなるべく早く洗い、よく乾かすのが良いと思います。

 

時々、「使う前にお米の研ぎ汁で煮たほうがいいですか?」とお問い合わせを頂きます。これは間違いではありませんが、研ぎ汁に含まれるデンプン質が貫入から入り込み、カビの発生原因になるので、藤山では水を含ませる方法が最も良いと考えております。しかし、土鍋に関しては気孔を塞ぐために、研ぎ汁で煮たり、お粥を焚いて目止めをしてから使うことが一般的に推奨されております。

水に浸す(水を含ませる) これだけでOKです     

7.粉引を味わう

 以上のように、粉引は他の食器に比べて世話のかかる器ですが、その分以上に魅力があります。感性は千差万別だと前置きをさせて頂いた上で、その粉引の魅力に迫ります。

 

赤土との対比

 

 白磁への憧れから粉引が生まれたと前述しましたが、白い器を求めるなら、最初から白土を使えばいいのでは?という単純な疑問が生じます。ところが、粉引の素地には赤土などの有色粘土を使うことが多いです。赤土を使う意義は、白化粧との対比を楽しむためです。白土を使った粉引と比較しました。いかがでしょうか?赤土の場合、白と赤の対比が鮮明で可愛らしく、味わいがあると感じられませんか?また、後述のように鉄粉が出やすいなど、赤土が使われる理由は他にもあります。

赤土(左)と白土(右)の粉引

②粉引と鎬(しのぎ)模様

 

 鎬とはカンナなどを使って素地の表面を削り、稜線模様を作る技法のことです。粉引は単体でも美しいものですが、この鎬模様は粉引の美しさを破壊しない装飾だと言われています。また、鎬を施した粉引には、美しい連続模様の他、上述のような赤土と白化粧との対比が鎬の稜線から垣間見られます。これが大変味わい深く、粉引に鎬を組み合わせた器が人気の高い理由の一つです。

粉引の鎬模様はご好評頂いております

鎬の稜線から素地の赤土が見られます

緋色(ひいろ)

 

 還元焼成により、素地のケイ酸分が釉薬や炉内のアルカリ分と反応した時に、素地中の鉄分が赤鉄鉱となって析出し、赤~茶色を帯びる現象です。このことを「御本(ごほん)が出る」と言ったりもします。粉引は地肌が白いためにひときわ目立ちます。緋色の出具合をコントロールすることは現状出来ておりません。毎度のように「くどいくらい出てしまった」とか、「もう少し出た方がいいな」と言っております。「緋色が出ている器が欲しい」と言われるお客様がけっこういらっしゃいます。逆に「真っ白な器が欲しい」と言われるお客様もいらっしゃいます。藤山では適度に緋色が出た粉引を狙って焼成しております。しかし、緋色との出会いは一期一会であり、狙って出せるものではありません。

緋色(御本)がよく出た粉引の器   

鉄粉(てっぷん)

 

 焼成により、粘土に含まれる鉄が酸化して、器の表面に現れたものです。大小、多少は様々です。粉引の白素地に黒の斑点が出ることで、藤山では味わいが増すと思っております。そのために、適度の鉄粉がある粉引を狙って焼成しております。しかしながら、実際は鉄粉の出現は粘土の鉄含有量によって左右され、コントロールできるものではありません。鉄粉が多いもの、少ないもの、あるいは無いものとで、お客様によって好みが別れます。

鉄粉の出た粉引の器       

器を育てる

 安土桃山時代、千利休が茶の湯で「わびさび」と言う価値観を確立しましたが、これは日本人特有の美意識だそうです。粉引はこの時代から茶陶として使われ始めました。粉引には汚れが目立つという弱点があります。しかし、この時代から器に浸みてできた模様を「雨漏」と呼んで愛でる情緒がありました。雨漏りによって、畳にできたしみに模様が似ているからだそうです。このように、器を汚れたと悲観したり廃棄したりするのではなく、むしろその経年変化を「育てる」ととらえ、一つの景色として楽しみながら使うのも粉引の魅力です。

長年使って年季の入った粉引の器

粉引の汚れを「雨漏り」とも呼んでました

 以上、いかがでしたでしょうか?長文かつ専門用語もありで、読みづらい文章で失礼いたしました。

 世の中には大手陶磁器メーカーさん、作家さん、陶芸教室、そして藤山のような小規模窯元など、多くの作り手が存在します。これらに従事する人々によって、これまでに何千、もしかすると何万種類もの粉引が作られて来たのではないかと推測されます。藤山だけでも現在は3種類の粉引を作らせて頂いております。しかし、粉引の器には同じものは二つありません(作家ものについては言うまでもありませんが)。形状は同じように出来ても、緋色や鉄粉の出具合は人の手では管理できません。一つ一つが違う景色を持ちます。このような豆知識を頭の片隅に、粉引の器を選び、味わい、そして育てて頂けたら嬉しく思います。ショップで粉引の器を手にしたとき、思わず裏返して土と白化粧の色合い(対比)を見られたお客様は、既に粉引通ですよ。

 長々とお付き合い、有難うございました。

粉引のスープボウルです

柔らかな白の中に、鉄粉と緋色が加わることで

表情が一段と温かくなります

引用文献

・陶工房編集部(2020) 粉引の器 その発想と作り方

・陶工房編集部(2020) やきものの教科書

・日本陶磁器卸商業協同組合連合会(2020) やきものハンドブック