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織部の日(2月28日)


 2月28日は織部の日です。岐阜県土岐市が1988年(昭和63年)に制定しました。

 全国の皆さん、織部はご存知でしょうか?土岐市内であれば、多くの子供たちが「知ってる。緑色の茶碗」と答えると思います。そして、大人であれば知らないと言う人はまずいないでしょう。それくらい美濃の地域では有名であり、美濃焼を代表する焼き物の一つでもあります。

 緑釉の焼き物を通称で織部と呼びます。その語源は「古田織部(ふるたおりべ)」という人物にあります。厳密に言えば、古田織部が好んで使った茶碗の総称を織部焼と呼ぶので、必ずしも緑の茶碗を指すものではありません。実際は、総織部、青織部、黒織部、赤織部、織部黒、弥七田織部、鳴海織部など多数の種類があります。

総織部

青織部


黒織部

赤織部


弥七田織部

鳴海織部


名古屋城内・織部堂にある織部木像

(鳥影社 古田織部の世界 久野治より)

 古田織部は、戦国時代~江戸時代(1543年~1615年)に生きた武将・大名です。出身地は美濃国でほぼ間違いないと考えられており、岐阜県本巣市が最も有力のようです。織部は、織田信長、豊臣秀吉の家臣として数々の武功を上げました。また関ヶ原の合戦では、徳川家康方として参戦し、1万石の所領を得ております。

 

 しかし、織部は武将としてよりも、茶匠として名を馳せた人物でしょう。武家茶人です。さらには茶の湯だけでなく、教養高き家で育ち、若い頃から連歌にも執心していたそうです。生涯を文化人として歩みました。

 

 織部の茶道の師匠は、堺の商人・千利休です。利休は村田珠光によって創始された、質素なわび茶を完成させた宗匠です。これに対し、織部は利休の教えを継承しつつも、派手な色彩感覚、幾何学模様、ひしゃげた形などの茶器を使い、わび茶の世界を一変させました。「数奇者」、「へうげもの」として、織部がしばしばメディアに取り上げられるのはこのためです。へうげもの(ヘウケモノ)とは、物であれば「ひずんでいる」、「ひしゃげている」、人物であれば「おどけた者」、「とんでもないことをする者」を意味するそうです。

 慶長四年(1599年)二月二十八日、織部は京都伏見の自邸「凝碧亭」で茶会を催しました。そこに赴いた博多の豪商茶人神屋宗湛が、「ウス(薄)茶ノ時ハセト(瀬戸)茶碗ヒツミ候也。ヘウケモノ也。」と日記を綴っております。織部のひしゃげていびつな茶碗を目にして驚嘆した様子が窺えます。昭和の時代になり、ヘウケモノの織部焼(織部好みの茶碗)が、土岐市内にある窯跡(元屋敷窯など)から多数発掘されました。古田織部と土岐市は密接な関わりがあったことが明らかになりました。このようなことを理由に、土岐市は2月28日を織部の日と制定しました。

 藤山窯も開窯以来、何十年と織部の器を作らせて頂いております。近年の需要は減少傾向にこそありますが、根強い人気のあるシリーズです。織部は熔け過ぎて流れてしまうという難しい釉薬ではありますが、藤山が得意とする釉薬の一つでもあります。

 この織部の日をお借りし、そして古田織部に敬意を表して、2月28日から5日間、織部商品を20%OFFで販売させて頂きます。5,000円以上のお買い上げで送料はサービスさせて頂きます。

 もちろん、織部以外の商品のオーダーもお待ちしております。どうぞよろしくお願い致します。