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きん星さん(多治見市)に行って来ました。


昨年の10月、一本の電話を受けました。

「多治見のきん星ですけど・・」

「・・・・・・はい?」

「あの、居酒屋やってます・・・」

「!?・・・・・・あぁ!はいっ!大変ご無沙汰しております。」

 大将、奥様大変失礼いたしました。藤山の器を飲食店で使って頂いている話はあまり聞いたことがないので、分かりませんでした。昔々の20年ほど前に、両親から隣町多治見市の居酒屋さんに買って頂いた話を聞いたのをふと思い出しました。当時の私は学生でしたので、ご勘弁下さい。

「昔の古い茶碗ですけど、ツルを巻きなおしてもらえませんか?」

「ええ。できると思いますのでやってみます。」

 ということで、後日大将が持っていらっしゃった器が、粉引の5.0寸鉢玉縁でした。現在は廃盤になっていますが、確かに藤山で製作された粉引でした。


 20年ほど前のオープンの際に買って頂いたようです。つるのほころびはもちろんですが、器の表面にも粉引特有の汚れ(雨漏りとも呼びます)も見られ、年季が入っております。しかし状態はなかなかきれいです。

 

・粉引の器について

 以前に商品PRで書きました。粉引は器の地肌が白いことや3層構造であることが理由に、焼き物の中でも特に汚れが付きやすくて目立ちます。粉引は汚れるからと敬遠されるお客様もいらっしゃいますが、上手に使えば20年経っても劣化はこのくらいです。きん星さんが特別上手なのかもしれませんが。

 私はこの依頼を頂いて、素直に嬉しかったです。藤山で製作された器が、20年を経ても居酒屋さんで活躍していることを知り感激しました。

 

 昔、私の好きなシンガー・ソングライターの河島英五さんが言っておりました。「年にCDを3枚も4枚も出して使い捨てにされるより、じっくりと地下水脈を通って湧き出る泉になるような売れ方の方が、歌手冥利に尽きるのではないか。」と。代表曲の「酒と泪と男と女」は売れるのに3年かかったそうです。河島さんが亡くなられたのは2001年だから、ちょうどきん星さんが開店した頃なんですね。22年が経過した現在でも多くのファンから支持されておりますし、テレビやラジオからも時々河島さんの歌が流れて来ます。私自身も20年以上に渡り、河島さんの唄に励まされております。

 河島さんの言葉の意味とは少し違うかもしれませんが、藤山の器も数回や数年で使い捨てにされるより、きん星さんのように末永く大切に使って頂けたら嬉しいなあと思っております。特に陶器は扱いがデリケートですが、使うごとに味わいが増すと言われておりますからね。

 という訳で、つるを巻き直したものがこれです。

 粉引の汚れは、場合にもよりますが、もう一度窯に入れて焼き直しをする(汚れを燃やす)ことで除去することができます。たまにお客様からの依頼を受けております。但し、破損する場合もあります。この器は廃盤になっており、代替もないために今回はこのまま納めることにしました。

 これを携えて、2月4日(土)にきん星さんに行って来ました。そしてせっかくの機会だからと、一杯(いっぱい?)飲んで来ましたのでレポートさせて頂きます。


 お店に行く前、せっかく多治見に行くのだからと、古刹の虎渓山永保寺に寄りました。


 鎌倉時代に夢窓国師が建立されたそうです。国宝に指定されております。境内の白梅の花が咲き始めておりました。小学生時代の学級通信が「白梅(はくばい)」でした。「白梅はまだまだ寒い時期に、寒さに耐えながらどんな花よりも先駆けて花を咲かせるから好きなの。」と恩師が言っておりました。厳しい状況に置かれても、白梅のように頑張って成長して欲しいという願いだったのでしょう。

「そういえばお昼ご飯を食べてなかったなあ。」

案内所の売店で軽食をとることにしました。


 五平餅と味噌おでんを注文しました。

 去年の11月、名古屋での催事の際に有田(佐賀)の出展者の方が、「名古屋はねぇ、おでんが黒いっ!」と仰っておりました。多分、これのことですね。

「いただきます。・・・でらうまっ!!。両方とも。いや本当に。」

 多治見市や土岐市が所在する地区を「東濃(とうのう)」とか「東美濃(ひがしみの)」と呼びます。岐阜県の旧国名「美濃」の「東部」にあるからです。東濃は、西は愛知、東は長野に隣接する場所です。名古屋の赤味噌と、信州の田舎味噌の両方を食べる文化があります。味噌汁は赤だしが多く、五平餅も普通に食べます。

街中へ来ました。冬の街の夕空はセンチメンタルになります。大好きです。


 きん星さんに到着した頃には、夕日も落ちてすっかり暗くなっておりました。18時開店ですが、今回は器の納品がありましたので、少し早めの15分前にお店を開けて頂きました。無理を言って申し訳ございませんでした。


 店頭に旬のおすすめメニューが掲げてありました。店内に入るとびっくり!海に面していない岐阜県では珍しい、カワハギが水槽の中で泳いでおりました。生け簀(いけす)でしょうね。

 今日は2月4日。昨日は節分でした。立派な飾りつけがされており、大将や奥様のお店を大切に思う気持ちが伝わって来ました。

 

 靴を脱いで上がった店内のフローリングや壁は、黒の色調で統一されておりきれいです。カウンターに予約席を設けて頂いておりました。

 

「その節はありがとうございました。今日はどんな器で料理が出てくるか楽しみにして来ました。」

(大将、奥様)「すごいですねぇ。器が楽しみなんて、そんなお客さんいませんよ。」

「あ、いえ。言ってみただけです(笑)。じゃあとりあえず、ビールを下さい。」

「それでは、いただきます。」

 写真を撮る前にうっかり飲んでしまいました。すみません。お通しはあん肝でした。

(大将、奥様)「あの後、11月の愛知県体育館(名古屋)へ行きましたが、藤山さん出ていなかったですよね?」

「いや、実はコロナに罹ってしまい、3日遅れの出展になってしまったのです。申し訳ございませんでした。」

(奥様)「そうでしたか。病気にでもなられたのかと思いました。」

「病気と言えば病気ですがね・・」

 酔いが回る前にと、ご依頼の器をお渡ししました。つるを調達するところから始まったので、遅くなってしまったことをお詫びしました。

 

「20年も大切に使って頂いてありがとうございます。」

(大将)「いやあ、10個くらい買ったうちの2個ですけどね。残りの8個は割ってしまいました(笑)」

 

 そして、大将がいらした際にお買い上げ頂いた器もお渡ししました。この器にどんな料理が盛られるのか楽しみです。

5.0寸ボウル 塗分細鎬

「20年も居酒屋を続けておられるなんて、なかなかできることではないですよ。すごいですね!」

(大将)「いやあ、いつ辞めてもおかしくないですよ。」

「じゃあうちと同じですね(笑)」

(大将)「特にコロナ禍になってさっぱりです。」


 正確には創業23年目になるそうです。「Since millennium」。世の中がミレニアムと湧いていた2000年にオープンしたんですね。私も「あれから23年も生きたんだなあ。」としみじみ思いました。きん星さんは、開店当初は別の場所にあり、何年か前に現在地へ移転されたようです。

 普段は外でお酒を飲む機会なんてめったにないので、ここぞとばかりに旬のものをオーダー致しました。

「お刺身を頂きます。」

(大将)「今は寒ブリが旬ですよ。」

「富山のブリですか?

(大将)「そうです。氷見のです。」

 

 

(奥様)「失礼します。寒ブリです。」

(大将)「これは南窯さんのお皿です。これも20年前の、まだお父さんの代の頃のものです。」

 

 さすがは地元の居酒屋さんです。美味しそうな寒ブリが、見覚えのあるお皿に盛られて出てきました。南窯さんは、藤山から500mも離れていないご近所の窯元さんです。さすがはブランドブリ。脂がのって美味しかったです。


「すごいですねぇ。これだけのお酒がそろえてある店、私は知りませんよ。」

(大将)「いやあ、あそこにも、そこにもありますよ。」

「では、而今(日本酒)といかの塩辛を下さい。あと、今日はてっちりはできますか?」

(大将)「今日は団体客さんの予定がありますが・・今ならできる!」

(奥様)「失礼いたします。お鍋の準備をしますね。」

 大将が調理にかかると同時に、奥様が早々とガスコンロと鍋をセットします。連携が素晴らしいです。さすがは創業23年。継続は力なりですね。



 お酒は贅沢にもお気に入りの三重県の地酒、而今(じこん)。ガラスの徳利もいいですね。焼き物が必ずしも良い訳ではないことを教えて頂けます。

塩辛を頂きます。

「うん、美味しい!大将の味付けは甘口かな。」器は天目のように見えますが、木製だったかなあ。

 土鍋セットは通販で購入されたそうです。多分、美濃焼ではないと思います。薬味皿の裏を見たら、土岐市駄知町にある作山窯の作品でした。

「へぇ。作山さん、こんな器も作っておられるんだ。」

「大将、てっちり美味しいです。」

(奥様)「いらっしゃいませ。」

 予約の団体客さんがご来店されたようです。お店がにぎやかになります。

 

(大将)「オーダーが入りましたので、すみません。」

 大将の顔つきが真剣になります。カウンターに座る私にそう言って、黙々と調理をこなします。どんな職業でも、一生懸命な姿というのはかっこいいですね。

「失礼いたしまぁす!」

店内には、料理を運ぶ奥様の元気で礼儀正しい声が響きます。

「牛すじ煮込みを下さい。」

 

(奥様)「お待たせいたしました。」

お忙しい中でも料理の提供が早いです。

「これは宗山さんのですね?」

(大将、奥様)「よく分かりましたねぇ。」

(大将)「初期のころのです。今のは高くて買えなくて・・(笑)」

 宗山窯さんもご近所さんです。現在の主力製品は、陶器に本漆(ほんうるし)を塗った「漆陶(しっとう)」です。

「そうですね(笑)。本漆ですからね!」

「最後に、フルーツトマトと稲庭うどんを下さい。」


 その名前の通り果物のようなトマトと、細切りでのど越しの良い秋田のうどんでしめました。


 きん星さんは一見すると高級割烹のように見えますが、穏やかでひたむきな店主と、元気で気の利く奥様が切り盛りする居酒屋さんでした。メニューも多く、季節料理も楽しめるようです。お酒は入手困難な日本酒や焼酎、そしてワインまでそろえてあります。お食事処というより、飲み屋さんですかね。何より、大将が厳選した美濃焼の器で料理を提供されており、盛り付けが美しいです。

 多治見市は土岐市と同じく美濃焼の産地です。毎年、春と秋に陶器まつりが開催されており、遠方からのお客様も多くいらっしゃいます。夜のプランにきん星さんを入れるのもいいかもしれませんね。器(美濃焼)好きな方にはお薦めです。


お腹も心もいっぱいになりました。

「ご馳走様でした。」

いいお酒を飲ませて頂き、心地良い気分です。お酒がうまいと、不思議と酔いませんよね。

「大将、奥さん、今日はありがとうございました!」

「これを機にまたいらして下さい。」

次はビールのおいしい季節に行きたいですね!

すべてのものが やがて 報われ

すべてのものが いつか 救われる    ほろ酔いで/河島英五